私の構造的学習法 <後編> ”4つの戦略”

前回のエントリーでは、学習のゴールである概念ネットワークについて説明しましたが、今回は本題の学習法について説明したいと思います。前回のエントリーを読まれていない方はこちらをご覧の上、続きを読んでください。

私の考える構造的学習法は4つの戦略から成り立っています。なぜそれらが有効なのかは、適宜補足を加えていきますが、前回エントリーで説明した概念ネットワークの幾何学的な意味を想像しながら読んでもらえると理解の助けになると思います。

マッピング

最初の戦略はマッピングをマッピングと呼んでいるものです。概念ネットワークに新しいノードを追加したい場合、既知の概念との距離が遠ければ遠いほど、新しい概念との関係性を表現するのは難しくなり、理解の速度が落ちます。今までまったく予備知識の無い分野にチャレンジした時に、なかなか理解が進まずにどかしく感じた経験は誰しもあるかと思います。それはこの性質によるものです。

この問題を解決する基本戦略はシンプルで、既知の概念と新しく学ぶ概念の距離を最小化するアプローチが有効です。そのためには飛び石的に理解していることの島をいくつか先に作っておくということです。

具体的には、

  • その分野の権威的な書籍を読む前に、入門書をざっと1時間ほど斜め読みする
  • 書籍の目次をみて重要そうなキーワードをピックアップして事前に検索して調査しておく
  • その分野に詳しい人と30分でも雑談しつつ議論してみる

といった工夫をすることで、既知の概念の島をつくることができます。

私はこれをよく「穴の空いた地図でいいので、まず地図を作ろう」と言ったりしています。最初に大まかにこれから学ぶ分野全体のキーとなる概念を選定して、辞書的な理解でよいので把握をする。こうすることで、新たにぶつかる概念は、既に理解している最寄りの概念との関係性の中で理解を深めていけるようになります。それにより各概念間の距離を小さくすることができ、結果個々の概念の理解が進みやすくなるというわけです。

この戦略は、今まで取り組んだことがない新しい分野の学習を行う際に有効です。

パターンコピーとメタファー

2つ目と3つ目の戦略は、関係性をまとめてコピーすることで概念ネットワークの構築を効率化する手法です。概念の関係性を定義するのは簡単に見えて、たとえ1つであっても意外と時間がかかるものです。しかし、人間の脳というのは想像以上に高機能で、概念を1ノードずつ繋げるよりも、似たようなパターンを探してきてそれを当てはめる方が得意だったりします。この能力をうまく活用しない手はありません。

この手法を適用するには少しコツがあります。この戦略は、

  • 既に深く学習をした分野の横展開を行う場合(パターンコピー)
  • 今まで取り組んだことがない新しい分野の学習を行う場合(メタファー)

の2つのケースで利用できるのですが、まとめてコピーという点では同じでも、それぞれ少し思考パターンが異なるので工夫が必要です。

パターンコピー

まず前者のパターンコピーから説明したいと思います。これは既に知っている分野と並列関係にある分野を学ぶ時に特に活用できます。既にあるプログラミング言語を深く学んだことがある人が、他の言語を学ぶときに初めてプログラミング言語を学ぶよりも圧倒的に早く学習できたりするのは、このパターンコピーのおかげなのです。既知の言語体系全体を一度コピーして差分だけを解釈していけばよいので、for文、if文など基本的な概念はほとんど労力は要らず学ぶことができ、その言語特有な書き方を重点的に学ぶことで短い時間で新しい言語を習得することができるというわけです。

このように、ある分野を深く体系的に学んだ人は、パターンコピーを活用することで周辺分野の学習のスピードが速くなります。T字型人材(ある分野に深い造詣があり、かつ幅広い基礎知識をもっている人)が重宝がられるのは、このパターンコピーの効用がそれだけ高いということだと思います。これを活用するためには、まずは自分が得意だと思える分野を作ってそこから横展開をしていく形をとることが重要です。これは、深堀りするか広く浅い知識をつけるかの舵取り次第で長期的な学習のスピードが変わるということを意味しています。

パターンコピーを活用するためには、具体的には、

  • マッピングする際に、これから学びたい分野で並列関係にあるものを把握する
  • そのうち一つを集中的に学んで、その分野での概念ネットワークを構築する
  • その概念を隣の分野に対してパターンコピーを活用しながら学ぶ

といった手順を意識しながら学習計画を立てると効果的です。

メタファー

次にメタファー(喩え)について説明したいと思います。メタファーはパターンコピーと違って、近い分野に適用されるものではなく、全く違った分野に適用されるメソッドです。その分少し適用の難易度が高いです。具体的にどういうものかをメモリとハードディスクの関係を例に説明します。

メモリよりもハードディスクの方が容量が大くて、メモリはハードディスクよりもずっと高速に動作するという関係性を知っているとします。その時にさらにその関係性を深く知るために、メタファーを使ってこの関係性と似たようなものがないかを探してきます。たとえば、メモリが机の上で、ハードディスクが本棚みたいなものかな、とか、メモリが飛行機でハードディスクはタンカーのようなものかなとか。

そして、どれが構造的にうまく表現できているかを選択します。この例では、後者は容量とスピードについての関係は説明できていますが、ハードディスクにあるデータは利用される時に一度メモリに移動されるという点で構造的にマッチしなくなるので喩えとしてはあまりよくなさそうだなと判断して、前者の喩えを利用する判断をするかと思います。

次に、それらを比較してその差がどこにあるのかを考えていきます。ここがメタファーの本領発揮をするところです。本棚から本を取り出して机の上に広げて作業をするイメージした時に、例えば本を出しすぎて机があふれたとします。どのように対応するでしょうか?ある人は本棚に本を格納したり、ある人は本を平積みにしたりすると思います。それを逆にコンピューターはどのようにしているのでしょうか?と疑問を持つことができます。きっと同じ様な技法がメモリとハードディスクの関係にもあるはずと、未知の分野であっても自分が知らないことを感じることができるようになります。実際、本棚に本を戻すという役割はガベージコレクションが担ってますし、メモリの内部を圧縮して容量を抑える手法も存在します。同様に、机の本を調べるのも時間がかかるので、毎回本から調べるのではなくどのように行動しているでしょうか?私たちは調べる前にまずは脳で記憶している情報から優先的に処理しています。そういう機構はあるのだろうか?と疑問に思うことができればL2キャッシュの存在にも気付けるはずです。

メタファーを使って考えると、未知の分野の理解を促進すると共に、既知の概念の理解を補強することもできます。たとえば、メモリとハードディスクをつなぐバスに該当するのは、逆に机と本棚の関係の中に存在するのかなど思考を深めることができるというわけです。このようにして各概念ネットワークがより強固なものとなっていきます。

メタファーといってもあくまで喩えなので、完全に概念ネットワークが一致することはありません。最後に埋められない差は必ず出てきます。例えば、メモリのデュアルチャネルの関係性を、机と本棚の関係性の中で説明するのは難しかったりします。しかし、前編でもお話した通り、違いがはっきりするということは理解をしていることの証です。埋められない差が明確になったことはその分野についてしっかり学べた証拠でもあるのです。

このようにメタファーを使うことで、未知の分野の学習を効率的に行うことができ、相互に比較をすることで深い洞察を得ることができます。

モデリング

最後の戦略はモデリングと呼ばれるものです。これは他の3つの戦略とは少し種類が異なります。他の手法は、既知の概念との関係性をいかに効率的に探すかというものでしたが、この戦略はそもそもパターンとして探しやすいように概念ネットワークを構築することを目的としています。残念ながら読み出せないデータに価値はありません。概念ネットワークを構築する時も同様に、後で読み出しやすいように工夫することが重要です。

そのためには、物事を個々の事象として記憶するのではなく、一段抽象化してそれを印象づけて自分の脳にパターンとして記憶することが重要です。

例えば、標本化定理などを学んだのはかれこれ12年ほど前になりますが、私の中では、この定理は、「何かを計測する時に、計測対象物の変化の速さによって計測すべき周期を変えないと、正しく対象物を計測できないし、制御することもできない」と抽象化されて記憶されています。正確性に欠く覚え方ですが、このように抽象化して覚えておくと、信号処理の定理も、例えば計測対象を「人」に変えて考えてみるだけで、「人の現状を知る上で、その方の気持ちや能力の変化の速さに応じて、レビューをする間隔を変えないと、その人の現状を正しく知る事はできないし、その人に期待した仕事をしてもらうこともできない」といったような、マネジメントの法則に読み替えることができるようになります。「一を聞いて十を知る」ことができる人は、このモデリングとメタファー思考に長けている人だと思います。

具体的な個別事象を抽象化する作業を通じて、物事の本質をとらえる事になるため、抽象化された記憶というのは非常に強く残ります。12年経った今でもこういった定理が思い出せるのは当時の抽象化作業によるものだと思います。

このようにモデリングを活用して事象の本質を抽象化することで、記憶にも残りやすく、応用しやすい概念ネットワークを築くことができます。

まとめ

これらの戦略を見て、「なるほどそんなテクニックがあったのか」と感じてもらえたら一定程度目的は果たせているのでしょうが、私としては「要はどのように学ぶのか見通しを立てることで学習効率を上げることができるんだな」と感じてもらえるとより一層嬉しいです。この4つの戦略を知っていれば、学び始める前からどのような段取りで学ぶべきかのグランドデザインを自分ですることができます。自分でグランドデザインをできるということは、学びのプロセスが主体的になるということです。

私は、テクニックはあくまでテクニックであり、主体的に学ぶことが学習効率を上げる一番の近道だと思っています。ただし、主体性というものはともすると精神論になりがちなので、主体的に学ぶためのメソッドの紹介をさせて頂きました。

自分が普段あまり意識せずにやっていることを、まとめるとこのような感じでしょうか。そもそも抽象的な話なので極力具体的な例も交えつつ書いてみましたが、読み直してみても分かりにくいですね。。精進します><体系的にまとめたのは初めてなのできっと抜け漏れもあるかと思いますが、ご意見等ありましたら頂ければと思います。